ゲームをやめたらスッキリしすぎた件
「気づいたら何時間もゲームしていた…」
「今日もまた夜更かししてしまった…」
こんな“後悔”を感じている人は、実はゲームをやめるのが一番うまいタイプです。
すでに「時間を奪われている」と自覚できているからです。
僕も昔は、「あと15分だけ」と続けてしまい、気づけば大切な時間が溶けていました。
でもある日、
“ゲームで失うものが多すぎること”
に気づいた瞬間、自然とやめられるようになりました。
この記事では、ゲームをやめることで手に入った 時間の余裕・心のゆとりを、筆者(山寺)の実体験とあわせて紹介します。
ゲームをやめたら気持ち良すぎた
ゲームをしなくなってから、びっくりするほど気持ちがスッキリするようになりました。
やはり、時間の空白ができるようになったのが一番大きかったことです。
僕にとってゲームは、小学校に上がる前から生活の一部でした。
何かに熱中し、試行錯誤する中で上手にプレーできるようになるという意味では確かに意味があったのかもしれません。
しかし、ゲーム後の時間を失ったという後悔や、負けてイライラする不快感などが耐えられなくなりました。
それをスパッとやめたことにより、時間や気力という本当に大切なものを守ることができるようになりました。
ゲームで失ったもの
僕が小さい頃から社会人までの間、ゲームに依存したことで失ったものは、
- 時間
- 機会
- 将来性
です。
時間の損失
まず、物理的に大量の時間をドブに捨ててしまいました。
ゲームを楽しくプレーできるようになるには、非常にたくさんの時間を要します。
当たり前なことですが、後になってからわかる、時間の損失は半端じゃないです。
また、ゲームはいくらやっても終わりがなく、強力な依存性があります。
飽きたら他のソフトがあるという無限ループに陥り、「このゲームがやりたい」ではなく「ゲームをしていたい」という感覚でプレーしていたんだと思います。
このようにいくらでも時間を使えてしまうので、物理的に大量の時間を失ってしまったなと後悔しています。
機会の損失
ゲームをしていたことによってたくさんの機会を失いました。
やめてからこそ思うことかもしれませんが、部屋に引きこもって生産性が全くないゲームを長時間プレーしていたので、家族や大切な人と過ごす機会を失ってしまいました。
また、ゲームをせずにもっと有意義なことができたらどれだけ楽しかったか。
ひとり、あるいは友人とその世界に引きこもってプレーをしていたのは、寂しいことだったなと感じます。
たくさんの機会を失い、「もっと他にできることあったよね」と今ではつくづく思います。
将来性の損失
これも今でこそ思えることですが、「あのときゲームをせずに〇〇をしていたら」
と”過去からみる将来性”をたくさん潰してきてしまいました。
将来性を失うことは、なにも幼少期だけのことではありません。
幼少期にもっと勉強したり、有意義な趣味、運動をするタイミングはいくらでもあったのに、なぜゲームだけをやってしまっていたのか。
昔に戻って自分を叱ってやりたいといつも思います。
しかし、将来性を失うのは過去だけでなく、現在進行形でゲームに依存している大人にも言えることですね。
ゲームをやめた理由
その理由は、
ゲームプレー後に感じる”後悔”が不快すぎたから
です。
ゲームをプレーした後、どういう感情になりますか?
- 「もうこんな時間かよ…時間使いすぎた」
- 「ああ、まじで疲れた」
- 「やばい、あれやらなくっちゃ」
僕は、”気持ちよくゲームを終われた記憶”がほとんどありません。
いつも不快な気持ちを持って終わることが多かったです。
また、負けたときのイライラ、ストレスを感じて終わりにする不快感といったら最悪でした。
僕はこのようにいつも「後悔」で終わるゲームに耐えられなくなりました。
ゲームをやめると受けられる恩恵→超スッキリする
時間と気力の余裕がたくさんできることです。
一言で表現すると、「超スッキリ」。
たくさんの時間を使い、しまいには後悔するという、側から見たら何のためにゲームをしているのかわからない、僕にとっては超絶無駄なものを排除することができました。
ゲームをしなくなった今、時間に余裕はあるし、好きなように時間を使えています。
また、ゲームをするとほぼ必ず感じていた後悔や不快感を感じることがなくなったので、心の余裕が全然違います。
僕にとっては、ゲームという習慣が自分の人生から無くなったことによる恩恵は計り知れません。
ゲームをやめるデメリットが見当たらない
逆にゲームをやめるデメリットが見つけられるでしょうか?
- 仕事のストレス発散?
- 他人との交流?
- 発想力や想像力が鍛えられる?
仕事のストレス発散
一時的にはストレス発散になるかもしれません、
しかし、少なくとも僕は、長時間のゲームでストレスが逆に溜まっていました。
だからと言ってゲームの依存力には敵わず、短時間だけでは物物足りることはありませんでした。
それに、ゲームよりもっと良いストレス発散方法があるはずです。
他人との交流
これも、別にゲームじゃなくてオフラインであった方がよっぽど有意義な交流ができるはず。
「友達とゲームをする」こと自体は楽しいことだし、僕もそうでしたので、否定はしません。
ただ、”他人との交流”がゲームのメリットにし、ゲームを正当化するのは違うのではと思ってしまいます。
発想力や想像力が鍛えられる
これも、ゲームより良い手段がたくさんあります。
「発想力や想像力を鍛えるためにゲームをするべき」
とはなりませんよね。
このように、ゲームをやめたらかといってデメリットがあるわけではないと思います。
もちろん、ゲームが趣味で、友人とプレーする、時間の浪費自体が、自分の生活を豊かにしていると確信を持てるのであれば、この限りではありません。
ですが、多くの人にとってはデメリットが多いはずです。
ゲーム依存をやめる方法
ゲームをやめるべき理由づくりをする
これが僕が思う最も効果のあるゲームをやめる方法。
- ゲームを捨てる
- まずは時間を制限する
確かに、ゲーム機本体を手放したり、ソフトをアンインストールしたりして、我慢する方法もあります。
しかし、これは単純に辛いし、なかなか自分の力だけではどうにもできない可能性が高いです。
僕はゲームをやめるべき理由づくりとして、
「ゲームをしている自分が嫌いだから」
という理由が挙げられました。
もっと他にできることあるにも関わらず、大切な時間を失い続けている自分。
そして、ゲームをした後にストレスを感じての機嫌が悪くなっている姿ががダサすぎました。
だから、そんな自分を辞めたい。
このようにゲームをやめるべき理由を作れたのが、簡単にゲーム依存から脱却できた理由です。
まとめ:ゲームで失うものが多すぎた
僕は、長年依存していたゲームをやめられて、今では心がとてもスッキリしています。
ゲームで失ったものは、
- 時間
- 機会
- 将来性
たくさんの時間はもちろん、それを他の時間に置き換えられたら、当時を有意義な時間にもできるし、将来の幸せのための自己投資に使うこともできました。
それらをドブに捨ててしまったのは非常に痛いことです。
僕がゲームをやめた理由は「ゲームプレー後に感じる”後悔”が不快すぎた」から。
時間を失い、疲労し、やるべきことが進んでいない罪悪感のような感覚、そしてゲーム中のイライラなどが、プレー後にどっと押し寄せてきていました。
それらがなくなるメリットは僕にとってかなり大きいもの。
逆に、ゲームをやめるデメリットは一切思いつきませんでしたね。
ゲームをやめるためには、ゲームをやめるべき理由を考えるのが良いです。
僕の場合は、「ダサいから」でした。
言い方を変えれば、奥さんにもっとカッコよく思ってもらいたかったのかもしれませんね。
いずれにしろ、ゲームをやめたことにより、僕は今とてもスッキリし気持ちよく生活できるようになり、非常に満足しています。

